北野武監督作品 その男、凶暴につきについて

こんにちは。この映画は元々は深作欣二が監督する予定だったそうです。北野武の凄さは色々ありますが僕は自分を客観視出来ていることがあると思います。というかこれが初監督作品ということが驚きです。既に映画として完成されています。この映画は前半と後半で大きく変わります。前半はアンチヒーローもので後半は社会の暗部の権謀術数ものになります。最初に自分を客観視出来ていると書いたのはその前半のことです。自分が監督して主演するというのは実は凄く難しいことです。特に前半のアンチヒーローものは自分を格好良く見せるように作らなければなりません。北野武という人間は多分ナルシストではないのでここのさじ加減は凄くナイーブなところです。それを絶妙に照れ隠しもあるでしょうがセオリーを外しながらちゃんとエンターテインメントとして成立させていることが素晴らしいです。また前半は映画的なシーンが多く我妻(北野武)もよく喋るのですが後半は陰惨な展開が続き我妻が人間性を失い言葉が少なくなっていきます。この構成は黒沢清の「CURE」(1997)とよく似ています。黒沢清は他にも「復讐 運命の訪問者」(1997)で二人が撃ち合って全然弾が当たらないみたいな演出を確かしていましたがそれの元ネタは「その男、凶暴につき」(1989)だったようです。有名な冒頭のシーンがあります。ホームレスの男を少年たちが集団で暴行しています。その少年の一人が家に帰ると我妻がいきなり部屋に乗り込んでくるというシーンなのですがここの我妻の現れ方が素晴らしいです。普通の映画ならばその少年たちの悪事をどこかで見ている我妻を入れてから少年の家に行くと思うのですがこの映画では突然我妻は現れます。少年の家をロングショットで撮ったアングルの左からいきなり我妻は歩いてくるのですがそれはまるで映画の外からやってきた存在かのようです。それから歩くシーンが多いです。ロマン・ポランスキーとかロベール・ブレッソンの映画のようです。ロベール・ブレッソンは特に感じました。北野武の歩き方が格好良いです。というかスタイルとか顔とかも含めて格好良いです。清弘(白竜)のアジトでのそのそ歩いているのを後ろから撮っただけのショットが何と格好良いことか映画はこれで良いんだと改めて思いました。そしてロケーションも良いです。先日BSで山田洋次の「学校」(1993 )が放送されているのをご飯を食べながらちょこっとだけ観たのですがやはり90年代の映画のフィルムの質感と街も人もそうですがあの雑然とした感じとかが僕は好きです。今の街はそういったものが整理されて綺麗になったのですが何か物足りない気がしていてそれは光が強いほど影が濃くなるように裏側に隠された何かを感じるからなのだと思います。何処からこの映画のトーンが変わるかと言えば岩城(平泉成)の首吊り自殺からだと思います。そこからの編集は人間の顔から場面が変わるようになり映画が加速して行きます。この映画の根底にあるのはコメディなのですがそれは最早笑えません。いやそのチグハグさを含めた全体の構図として面白いのです。この映画を観たのは2回目ですが僕は我妻の登場シーンから心を掴まれて最後までそれが持続しました。改めて北野武は観ないといけないです。1つ引っ掛かったのは最後の終わり方がよく分からない秘書の女性で終わるというのがちょっと嫌でした。それから偶然かもしれませんが松本人志の「大日本人」(2007)は実はこの「その男、凶暴につき」と同じく初監督で主演で尚且つ年齢も北野武は42歳で松本人志が43歳の時の作品です。二人の人間性をどちらもよく表した映画になっていて興味深いです。