黒沢清監督作品 CUREについて

f:id:okabayashisoma:20211120100807j:plainこんにちは。この映画は僕が一番影響を受けている作品です。今まで何度も観ていますが、まあ格好良い映画です。最近「映画を書くと頭が疲れる」というブログでこの「CURE」について書かれていたのを読んで、観ました。このブログには過去にも「CURE」について書かれたものがあってそちらも大変興味深く読みましたが、いつも映画を何かに関連付けて語ってくれるのが面白いです。高畑勲の「アニメーション、折りにふれて」で今村太平の「漫画映画論」について書かれたものを読むとこの「映画を書くと頭が疲れる」を書いている人も今村太平に影響を受けているような気がします。


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今回観て気になったのは、カットを跨いで高部と登場人物の行動が繋がっていることです。どういうことかというと、二番目の事件の教師の家で教師が窓ガラスを破って飛び降りるシーン、この前のシーンは劇中に何度も出てくる空の洗濯機が回る高部が妻に抱く殺意の描写です。自然な流れで観ているとこの窓ガラスから飛び降りたのは高部の妻のようにみえます。また間宮を病院で捕まえるシーン、間宮を追い詰めた部屋の中で間宮の姿は無く、声だけが聞こえます。この演出もまるで間宮が存在せず、高部のもうひとつの人格であるような演出です。そして高部が転んで倒れこんだ時にカメラがパンして警察が部屋に入ってきます。これもまるで高部が捕まったような撮り方になっています。そして高部が間宮を留置所から逃がしたとされるシーン。この場面に至っては、後に間宮が台詞で説明するまで高部が監視の警官を殺して留置所から抜け出すようにしか見えないです。今回観て感じたのは高部=間宮=文江という事です。間宮の記憶喪失と文江の青髭の本の下りで示される記憶喪失も同じです。あと関係ないですが、この映画の一番初めのシーン、文江の病院の背景に巨大な女の顔のようなものが見える気がします。最近諸星大二郎を読んでいて、「CURE」に出てくる登場人物と彼の作品に出てくる登場人物が似ているように感じました。  


この映画は何処のシーンでも夢の世界と隣合わせな気がします。それこそが全体に漂う不穏な空気というか、夢の世界を観ている感覚に近いです。そして役所広司が格好良いです。初めの方はどっちかというとコミカルな演技ですが、間宮と対峙してからストレスが無くなった空っぽの人間になってどこか空虚な演技になります。台詞の言い方もすごく好きで、少し噛みかけたぐちゃぐちゃした言い方とか気の抜けた喋り方とか良いです。